お子さんに原体験を

チームスタッフの日常 6月 14, 2020 No Comments

こんにちは、doona Japanのayanoです。
やったー!県をまたいでの移動ができるー!!
って思ったのも束の間 あっという間に梅雨入りだって・・・

戻ってきた学校生活

ただ、やっと子どもたちの日常が戻りつつあります。
学校給食や部活が始まり、本当に子どもの顔がイキイキしだして、
正直、もちろん感染を抑えるのは大切だけど、
この大切なきらめきをを大人の判断で奪っていいものなのか、

それは将来、この子どもの人生の選択にどんな影響を与えるのか、

明確化された各自の価値観

ただ、このコロナで、人間としての各々の価値観がとてもクリアになりました。
自分が生きる上で、何を一番大切としているのか?
家族に何を望むのか?
子どもに与えたいものは何か?
行動の1つ1つに、理由やゴールをイメージさせる日常になったとき、
我が家が大切にする価値観や、私の教育方針など
親子で話題にする機会がすごく増えたのは、大きな収穫でした。

親子で価値観の共有

それぞれの家庭でwithコロナのライフスタイルをどう創るか、
それぞれの家庭での価値観が大きく反映されます。
学校や社会は、その中で安全を絶対優先させざるおえない場所ではあります。

ただ、体育祭、文化祭、そして修学旅行、部活の県大会、
次々と中止や縮小になって、こどもたちの目からきらめきが消えていくたびに、

胸が締め付けられそうになります。

原体験とは

私がこどもたちを育てるのに、大切にしている言葉があります。
<原体験>
定義をみると、触、臭、味の基本感覚をもとにした五感による直接体験をさせること、とあります。
私はそこに、母親のバイアスを入れずに体験させること、を教育方針に入れています。

実は、長女を初めて公園に連れて行ったときに、滑り台の手すりに砂がついていたため、長女が手すりを握ろうとしなかったのを見たとき、はっとしました。
私が家でうっとおしいくらい彼女の手を拭くために、手がべとついたり、ざらつくことを嫌がり、手すりを持たない子どもにしてしまいました。
もし、だれかと衝突して反射的に何かにしがみつかないといけない時に、命より清潔を優先するようなマインドを与えてしまっていたのでは、と自分が恐ろしくなりました。

また、これも長女が2歳になる前なのですが、
当時の私はかなり与えるおやつを制限していました。
ある時、実家の母に、
「やみくもにお菓子を与えることはいけないけど、決まった時間に1日たった一度だけなんだから、そんなに制限する必要があるの? 今のあの子の世界で、1日に一度だけ食べれる、お菓子のもつ意味がどれほどか分かる?たとえ健康でも心が貧しくなるようなことをしてはいけないよ」

子育て中に蘇る自分の原体験

そんなふうに言われて、ぱあーって私は自分が3歳のころに体験した思い出がよみがえりました。
私の母は管理栄養士でもあったので、食べ物にはとても制限がかかっていました。
お菓子も色のついたものは我が家になく、常に茶色のお菓子か、母の手作りです。
そんな家庭で育っても、一歩家の外に出れば世の中には美しい色のお菓子があふれています。
ある時、町内かなにかの集まりで、こども用に色付きのきれいなラムネのお菓子を出してもらいました

普段、家では色付きのお菓子はNGなので、母親の顔をみると、
今日は特別だから食べてもいいよ、
あの時食べた、美しいカラフルなラムネを全色頬張った感動は、40を過ぎた今でも正直忘れられないです。
味もにおいの記憶も残っていません。
ただ、自分の周りの粒子がスパークルしながらふわふわ浮遊するような、
くすぐったくて、
胸がきゅーっとするような

大人になっても感動した記憶だけ残る

皆さんもこんな経験 持っていますよね?
大人になればなるほど、感動しづらくなりますが
人生の中で、
そんな原体験と呼ばれるものを、1つでも多く体験してもらいたい
それが子どもたちに私が与えたいものです。

娘二人に伝えたこと

人生を味わう経験の機会を失わないでほしい、
それに伴うリスクやコストはすべて私が負うので
たった一度きりの中学生、高校生、しっかり味わって生きなさい

doona

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